遺産の一部分割の明文化と家庭裁判所への請求
遺産の一部分割の明文化と家庭裁判所への請求
共同相続人は、相続財産についてその全部はもちろんのこと、一部についてを対象に遺産分割することができることが明文化された。また、共同相続人間の遺産分割が整わない場合には、家庭裁判所に対して、遺産の一部について分割することを請求することができることとなった。
- 効果
① 相続財産の一部を対象に遺産分割をすることができる。
② 共同相続人は、家庭裁判所に対して、遺産の一部分割を求めることができる。 - 要件
一部請求が他の共同相続人の利益を害する恐れがないこと(許容性の要件) - 施行期日
施行期日:令和元(2019)年7月1日
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1.改正前の一部分割の取扱い
遺産分割は、共同相続人間において被相続人の財産を確定的に帰属先を決定するものであり、遺産の全部について、かつ早期に協議を終了することが望ましいと考える。しかし実務では、その分割方法については、共同相続人間において合意が得られるのであれば、一部の財産を対象とする一部分割を行うことはでき、既に多用されている。
ただ、改正前の家庭裁判所の遺産分割審判の運用においては、遺産分割は遺産の全てを1回で分割をすることを原則としていると考えられている。そのため遺産分割審判において、一部分割を行う場合には①一部分割する合理的な理由があること(必要性の要件)と②一部分割を行っても、全体として公平で適正な分割を損なうものではないこと(許容性の要件)が必要であると解されていた。
2.遺産の一部分割の明文化
共同相続人間の遺産分割による紛争を早期に解決するためにも、争いのない遺産については先行して遺産分割を行うことが有益である場合もある。そこで改正民法では共同相続人間の協議によって遺産の一部分割が可能であることを明示し、さらに遺産分割について共同相続人間での協議が整わない場合には、遺産の全部はもちろん遺産の一部についてだけを家庭裁判所に対して遺産分割の審判を申し立てることができることを明文化した。
このとき、共同相続人の一部が、一部財産の遺産分割を申し立てた場合、他の共同相続人は、申立人が申し立てた一部財産とは別の一部財産、もしくは遺産の全部について、分割するように家庭裁判所に申し立てることもできる。この場合には、当初申し立てられた対象の財産に加えて、新たに申し立てられた対象の財産を含めて、遺産分割をすることになる。
POINT
- 実務では、共同相続人間の合意に基づいて遺産の一部分割は多用されていたが、家庭裁判所における遺産分割の審判等においても遺産の一分割ができることが明らかになった。
3.一部分割が認められない場合
遺産の一部分割をすることにより、他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合には、一部分割請求は認められないとされている。改正前の家庭裁判所の遺産分割時の運用では、必要性の要件と許容性の要件の2つの要件を満たすことが必要と考えられたが、今回の改正によって、共同相続人はいつでも一部分割請求をすることができることになったため、許容性の要件さえ満たせば、一部分割ができることが明かになったといえる。つまり他の共同相続人の利益を害するおそれがなければ、遺産の一部分割が認められるということになる。
POINT
- 遺産の一部分割によって、他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合、つまり公平な遺産分割を妨げるおそれがある場合には、一部分割は認められない。
4.具体的な事案での検討
どのような場合に一部分割請求が認められるのか次のとおり検討してみる。
たとえば、相続人が、配偶者と子1、子2の3人であり、相続財産が居住用不動産:1000万円、現金:2000万円、配偶者に対する生前贈与が2000万円ある場合、配偶者への生前贈与が特別受益に該当するので、各相続人の法定相続分は、特別受益を考慮すると次のとおりとなる。
配偶者:相続財産500万円相当+生前贈与2000万円
子1:相続財産1250万円相当
子2:相続財産1250万円相当
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① 子1または子2のどちらかが居住用不動産を取得する一部分割について
共同相続人間において公平な遺産分割を実現するとする目的に立つと、子1または子2は相続財産1250万円相当を取得する権利があることから、どちらかが居住用不動産1000万円を取得しても、他の共同相続人の権利を害することはないから、認められることになる。
② 配偶者が居住用不動産を取得する一部分割について
配偶者の相続分は、相続財産500万円相当分の権利を取得することができるに限られることから、先行して一部分割して居住用不動産1000万円を取得してしまうと、子1と子2が取得できる相続財産が少なくなってしまう。
そこで配偶者が子1と子2に対して不足分を代償金として、それぞれに対して250万円ずつ支払う資金的余力があるのであれば、居住用不動産を取得する一部分割を認められる余地があると考えられる。しかし配偶者に代償金を支払う資力がないような場合には、子の反対を押し切って一部分割を認めると、他の共同相続人の利益を害することになってしまうことから、このような場合の一部分割は認められないということになる。
5.一部分割と預貯金の払戻しの仮払い制度
今回の民法改正では、預貯金債権の払い戻しについて仮払い制度が創設されたが、この制度との関連性について確認をする。
1.預貯金の払戻しの仮払い制度
平成28年最高裁決定を受けて、被相続人の預貯金を相続人が払い戻しをする際に、各相続人による個別の行使は禁止され、共同相続人全員の同意による行使が必要となった。しかし共同相続人全員の合意を得るまで、相続人の生活費や葬儀費用、被相続人の医療費や債務などについて、被相続人の財産から支払うことができなくなる問題が指摘されていた。そこで改正民法では、預貯金の払戻しの仮払い制度を創設することとなった。仮払い制度には2つの方法があり、①ある一定限度の額まで各相続人が単独で行使を認める方法と、②家庭裁判所に対して預貯金の仮払いを請求する方法である。
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2.仮払い制度と一部分割の位置づけ
被相続人の預貯金について払戻しを考えた場合、まずは、相続財産の一部分割をすることができることが明文化されたのであるから、共同相続人間で相続財産のうち預貯金の一部だけを対象に遺産分割し、当該預貯金の払戻しを受ける方法を考えることができる。
次に上記のような共同相続人全員の一部分割の合意が得られない場合、新しく創設した①の仮払い制度を活用し、ある一定金額まで、各相続人が個別で金融機関に請求し、払戻しを受けることができる。
①の制度では各金融機関ごとに払戻し限度額が定められていることから、その額では不足するような場合に、②の制度を利用して、家庭裁判所に対して預貯金の仮払いを求める裁判をすることができる。この場合の手続きは、家庭裁判所での保全処分手続きであるので、一部分割の調停や審判手続きよりも早く判断がなされることとなる。しかし保全処分を認める要件は、相続債務の弁済や相続人の生活費の支払いなどの事情で必要と認められる事情(必要性の要件)があり、かつ他の共同相続人の利益を害する恐れがないとき(許容性の要件)を満たす必要がある。
そして最後に、一部分割の対象が不動産であるときや、一部財産の帰属先を確定することが全ての遺産分割の早期終了に期するとき、その他保全処分手続きの要件に合致しないときなどに、この規律で定めた一部分割を活用できるのではないかと考えられる。
POINT
- 一部分割を求める対象が、預貯金債権である場合には、まずは今回の改正で創設された預貯金の仮払い制度を活用したほうが、速やかに手続きを進めることが可能である。しかし一部分割の対象が不動産である場合や相続債務の弁済や相続人の生活費の支払いなどの事情がない場合には、本規律での一部分割の手続きによることとなる。
改正条文
(遺産の分割の協議又は審判等)
第907条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
3 前項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。
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