相続人の債務の承継の明確化
遺言により相続分の指定がされている場合でも、被相続人の債権者は、原則として各共同相続人に対して、法定相続分に応じて、その権利を行使することができることを明確にした。なお、共同相続人間の内部関係においては、相続分が指定された割合で相続債務を負担することとなる。
- 施行期日と経過措置
施行期日:令和元(2019)年7月1日
経過措置:施行日より前に開始した相続については、従前のとおりとする。
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1.法定相続分に応じた相続債務の承継
遺言で相続分の指定がされている場合(第902条)や包括遺贈がされている場合(第990条)の規律によると、債務等の消極財産も積極財産と同じく、被相続人の定めた相続分に従って承継される。
しかし被相続人の所有している積極財産について、遺言によって、その帰属先を指定することができることには異論はないが、被相続人の負っている債務についてまでも、相続債権者の関与なくして債務の承継の在り方を決める権限が認められるものではない。判例(最判平成21年3月24日)でも「相続債務についての相続分の指定は相続債権者の関与なくされたものであるから、相続債権者に対してその効力は及ばないものと解するのが相当である。」としている。
そこで今回の改正では、基本的には、この判例の考え方を明確化したものといえ「被相続人が有している相続債務は、相続分の指定がされた場合であっても、債権者は、各共同相続人に対して、法定相続分に従った割合で権利行使することができる。」と定めた。
しかし一方で相続人間の内部的な債務の負担割合については、積極財産の承継割合に合わせることには合理的な理由が認められることから、改正後も変わらずに、各共同相続人に対して、被相続人が定めた割合で負担をさせることはできる。そして法定相続分より少ない相続分の指定がされた相続人は、相続債権者からの法定相続分での割合による請求を受けて弁済した場合は、法定相続分より多くの相続分の指定を受けた相続人に対して、求償権の行使が可能である。
当該規律は、相続債権者が、被相続人がする相続分の指定により不利益を受けないための規定であることから、相続債権者が指定相続分に応じた債務の承継を承認した場合には、指定相続分に従った権利行使が可能となる。そして相続債権者が共同相続人の一人に対して債務の承継の承認をした場合は、以後、指定相続分に従った権利行使に限られることとなる。なお、相続債権者が、共同相続人に対して法定相続分に応じた権利行使をした後でも、指定相続分に応じた債務の承継を承認することはできると解される。
POINT
- 相続債務は、相続分の指定があったとしても、原則として法定相続分に従った割合で、相続債権者に対して各共同相続人が負う。
- ただし相続債権者が、指定相続分に応じた割合での承継を認めた場合には、各共同相続人は指定相続分に従った債務を負うことが可能である。
- なお、本規律は相続債権者保護のためのものであるので、各共同相続人間の関係では、遺言のとおり指定相続分に応じた割合で負うことになる。
2.債権者の権利行使の具体的検討
1.債権者の権利行使について
債権者が被相続人に対して貸付債権を900万円を有しているときに、被相続人が遺言で相続人Aに対して全財産のうち2/3を、相続人Bに対して1/3を相続させる旨の遺言を残していた。
相続分の指定は、積極財産だけでなく、貸金債務のような消極財産についても、適用されることとなる。債権者の貸金債権900万円について、相続人Aは2/3相当の600万円を、相続人Bは相続分1/3相当の300万円を相続することとなる。しかし貸付債権に関する相続分の指定は、債権者の関与なくされたものであることから、債権者は、法定相続分に応じた割合で、相続人Aと相続人Bに対してそれぞれ1/2相当額の450万円ずつ請求することもできる。
もちろん債権者が、相続分の指定に応じた債務の承継を承認し、相続人Aに対して600万円、相続人Bに対して300万円を請求することもできる。そして指定相続分による債務の承継を承認した場合には、たとえ相続人Aから600万円全額の弁済を受けることができなかったとしても、相続人Bに対して300万円を超える請求はできなくなるなど、債権者の権利行使は指定相続分に従った権利行使に限られることとなる。
2.共同相続人間の内部関係について
上述のとおり、債権者は、自らの貸付債権について、被相続人による相続分の指定に関わらず、相続人に対して法定相続分に従った割合で各共同相続人に対して請求でき、そして債権者の請求に対して、相続分の指定を理由に各共同相続人は、請求を拒むことはできない。
相続人Bが、債権者の請求に応じて、法定相続分に従った割合1/2・450万円を返済した場合、相続人Bは、相続分の指定によって貸付債権の1/3を負担することになっているにもかかわらず、それを超過して債権者に返済していることとなる。相続分の指定による割合の貸付債権の負担は、共同相続人間では有効であることから、相続人Bは自らの負担分を超過して返済した分の150万円については、相続人Aに対して求償することが認められている。
POINT
- 共同相続人のうちの一人が、相続債権者からの法定相続分の割合による貸付債権の請求に対して、自らの指定相続分の割合で負担する分を超過して弁済等した場合、当該共同相続人は、他の共同相続人に対して、負担分を超過して返済した分を求償することができる。
関連情報
改正条文
(相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使)
第902条の2 被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、前条の規定による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、第900条及び第901条の規定により算定した相続分に応じてその権利を行使することができる。ただし、その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない。