相続と遺言

相続の単純承認と相続財産の処分

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相続の単純承認と相続財産の処分

相続財産に手を付けると、相続放棄ができなくなる。

相続人は相続が開始してから3ヶ月以内であれば、自己の相続について単純承認又は限定承認、相続放棄をするかを選択することができます。しかし被相続人の相続財産を全部又は一部処分したときは、相続を単純承認したものとみなされ、相続人は限定承認又は相続放棄をすることができなくなります。この場合の処分は限定承認又は相続放棄をする前、した後を問いません。

相続人は、相続放棄をする前に、どのような行為をすることできて、どのような行為をすると相続財産の処分をしたことになり、単純承認したものとみなされてしまうのでしょうか。

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  1. 相続財産の修繕はすることができる
  2. 相続財産を株などに投資することはできない
  3. 相続財産の処分は形式ではなく、実質で判断される
  4. 具体的な事例の検討
    ① 預貯金の払い戻し
    ② 債務の弁済
    ③ 債権の取立て
    ④ 葬儀や墓石購入の費用
    ⑤ 形見分けなどの動産の処分
  5. 事前に専門家に相談

1.相続人は保存行為として相続財産の修繕をすることができる。

民法921条1号但し書きで「保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。」と定めていますので、相続人が相続財産について保存行為と短期賃貸借契約を締結することができ、これらの行為については処分に該当しないことになります。

保存行為とは、財産の現状を維持する行為とされ、具体的には、家屋の修繕や時効中断の手続、期限の到来した債務の弁済、腐敗しやすい物の処分などが、これに当たります。

2.相続人は相続財産につき管理行為をすることができるが、現預金を株に投資するのはダメ。

次に、相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。(民法918条1項前段)と規定されていますので、相続放棄の前後を問わず、相続人は相続財産の管理行為をすることができます。

管理行為とは、財産について収益を図る行為又は財産の使用価値や交換価値を増加する行為のことをいいます。具体的には、現金を銀行に預金、金銭を利息付で貸付、家屋に造作を施す、無利息の貸金を利息付に改めるなどの行為が該当します。

一方、管理行為とは、財産の性質を変じない範囲に限られるとしていますので、預金を株式にする、銀行預金を個人への貸金とする、金銭を無利息で貸し付ける、使用貸借契約を締結する、田畑を宅地にするなどの行為は管理行為には該当しないことになります。

3.相続財産の処分かどうかの判断は、形式的でなく実質的に判断されるので注意が必要。

上記のように相続人は、相続財産の保存や管理に該当する行為、短期賃貸借の締結をすることができ、相続人がこれらの行為をしても単純承認したとみなされることはありません。ただし、管理行為だから絶対に大丈夫ということではありません。なぜなら、相続財産の処分に当たるかどうかの判断は、形式的ではなく、管理行為をした目的や理由、経済的意義などを考慮して実質的に判断されるとしているからです。

そもそも相続財産を処分すると相続を単純承認したとみなすこの規定は、被相続人の債権者や次順位相続人などの第三者を保護するために設けられたものです。もし、相続人が相続放棄する前に、相続財産を自己のために浪費するなど、相続債権者などの第三者。を害するような行為をした場合には、当然ですが、相続人の相続放棄を認められません。また、相続の単純承認は積極的な意思表示が不要ですので、譲渡や貸付などの相続財産の管理行為と考えられる限度を超える相続財産の取り扱いをしたときには、あの相続人は相続財産を承継したものだろうと第三者から判断でき、その期待に沿って、たとえ相続人からの意思表示がなくても、第三者の利益を守るために単純承認したものとみなすように定められたのです。

よって、相続人が相続財産を自己のために消費又は他人に譲渡するなどして相続財産の資産を減少させる行為や、相続財産を自宅に持ち帰り自分の物とするような行為は処分に該当することになります。加えて、相続財産を売却して換金又は現金を株式投資するなどの行為は、相続財産の資産価値は減少させるようなものではありませんが、管理行為を逸脱するものであり、相続人が相続財産を承継したのだろうと客観的に判断され得る行為であることから、処分行為に該当することになります。なお、相続財産を故意に壊したときは、処分に該当しますが、誤って壊してしまった場合には、処分をしたとはいえません。

さらに民法では、相続放棄や限定承認をした相続人の背信行為に対して、ペナルティを課すことにしており、相続放棄や限定承認が認められたとしても、その後相続人が相続財産を隠したり、使い込んだりした場合に、相続放棄等の効力は発生せず、単純承認したものとみなされます。

4.相続財産の処分にあたるかどうかの具体的な事例の検討。

相続財産の処分に該当するのかよく相談を受けることが多い事例を、具体的に挙げて検討をします。

被相続人の口座から預金の払い戻し

預金を払い戻しただけであれば、処分に該当しないと考えられます。ただし、相続財産の額と払い戻した金額や理由、現金の使途などによっては、処分とみなされることもあります。

たとえば、相続財産のうち目ぼしい資産が、銀行口座にある500万円の預金だけであるような場合、それを全額払い戻したときは、たとえ現金を手元に保管し、消費しなかったとしても、財産の処分に該当することになると考えられます。反対に、被相続人の医療費等の未払い金を支払うために預金のうちの少額を払い戻した場合には、保存行為の一つとして認めてもらえるでしょう。

この他、賃貸用不動産の賃料受取口座を被相続人名義の口座から他の名義人の口座に変更した行為は、被相続人の債権者から差押等は回避するための積極的な運用という性質を有するものと判断され、処分行為とみなされた裁判例(東京地判平成10年4月24日)もあります。

被相続人の債務の弁済

相続財産のなかから、被相続人の債務を弁済するための金銭を支出した場合は、原則的には、保存行為に該当する行為であり、処分行為に該当しないと考えられます。

しかし弁済する債務の金額が相続財産の大部分を占めるような場合や複数ある債権者についてその一部の債権者についてのみ支払うことが結果として、故意に他の債権者を害する行為となってしまうような場合には、処分行為とみなされることも考えられます。

債権の取立て

債権者が消滅時効を中断するために債務者に請求することは、保存行為に該当しますし、支払期日が到来した債権の弁済を受領することも管理行為と考えられますので、債権の取立ては処分行為に当たらないように思えます。

しかし最判昭37年6月21日では、相続人が被相続人の有していた債権を取り立てて、これを収受領得する行為は処分があったものと解するのが相当とし、受領した債権をどのように取り扱ったかは関係なく、相続の単純承認をなしたものとみなしました。

確かに、時効の中断手続などは早急に対応が必要なものとして、保存行為に該当するのでしょうが、相続放棄の手続き中ということで、数ヶ月間、債務者からの弁済の受領を拒んだところで相続財産の価値が毀損することはほとんど考えられませんので、相続人が、債務者に対して、積極的に債務の弁済を請求し、その金銭の受領をすることは、管理行為の限度を超えていると判断されたのかもしれません。

相続財産から葬儀や墓石購入などの費用を支出

葬儀や仏壇の購入は、被相続人がするものではなく、相続人が注文等をすることになります。そしてその費用を相続財産から捻出するということは、相続財産を処分したことになりそうです。しかし一方、葬儀や仏具の購入は被相続人のためにするという性質もあります。

裁判所では、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。と判断し、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、相続財産の処分にあたらないとしています。同様に、社会的にみて相当な範囲で仏壇や墓石の購入費用のために被相続人名義の預金を解約するなどの行為についても、相続財産の処分にあたらないとしています。(大阪高決平成14年7月3日)

形見分けなどの動産の処分

相続財産である動産を売却したり、自分のものとして持って帰ってしまったり、廃棄してしまったりした場合、相続財産の処分行為にあたり、原則、相続放棄は認められなくなってしまいます。

しかし実際は、相続財産の処分について悩ましい事態が発生することは少なくありません。たとえば、被相続人が一人暮らしで借家に居住していた場合、借家をそのままにすると家賃が発生するので、速やかに荷物を整理して明け渡さないといけない。しかし被相続人とは長く交流もなく、相続財産の調査は進まず時間ばかりが過ぎてしまう。残された荷物も衣類や生活用品など特に価値がありそうなものもなく、むしろ捨ててしまったほうが望ましいものばかりである、という状況です。

動産は、テレビや家具などの一見価値がありそうな物であっても、現金に換えることが難しく、換えられても非常に安価であることは少なくありません。そこで動産については一般的経済的価値を有するある程度高価な物を破棄した場合は処分にあたるが、既に交換価値を失った物を破棄したときは処分にあたらないとするのが、判例の考えです。

また、衣類や時計、食器などの物を形見分けとして、取得した場合も同じ見解であり、取得した動産の一般的経済的価値の有無で判断されます。しかし形見分けの場合は、実質的には相続人が相続財産を承継することになりますので、形見分けの動産の価値や金額の他にも、その「分量」や「質」といった面も重視されると考えられます。古い裁判例になりますが、被相続人の財産のうち和服15枚、洋服8着、ハンドバッグ4点、指輪2個を形見分けとして分配した行為について、それらの動産は相続財産の重要な部分を占めるものであることを理由に相続財産の処分にあたると判断しています。(松山簡判昭和52年4月25日)

5.相続財産を処分する前に、専門家に相談することをお勧めします。

相続財産の処分に当たるかどうかは形式的に判断すべきではなく、処分行為をしたその動機や目的、経済的意義などを考慮して実質的に判断されるもので、微妙な判断が必要となる場合があります。相続放棄にあたっては、原則どおり被相続人の遺品については、できるだけ手を付けないで、事前に法律の専門家に相談することをお勧めします。

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