相続と遺言

相続放棄と賃貸物件の解除

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相続放棄と賃貸物件の解除
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賃貸物件を解除すると相続放棄が
できないこともあるので注意

相続放棄を検討している相続人は、賃貸物件の解約する行為が相続財産の保存行為なのか処分行為なのか判断が難しいことから、たとえ賃貸人から解約手続を求められていても、手続をしないほうが望ましいです。特に、賃貸物件の解除に伴って敷金や保証金を返還されるような場合には、相続を単純承認したとみなされて、相続放棄ができなくなります。

1.相続放棄と相続財産の処分

相続財産を処分すると相続放棄ができなくなる

相続人は相続が開始してから3ヶ月以内であれば、自己の相続について単純承認又は限定承認、相続放棄をするかを選択することができます。しかし被相続人の相続財産を全部又は一部処分したときは、相続を単純承認したものとみなされ、限定承認又は相続放棄をすることができなくなります。この場合の処分は限定承認又は相続放棄をする前、した後を問いません。

相続人は保存行為として相続財産の修繕をすることができる

民法921条1号但し書きで、「保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。」と定めていますので、相続人が相続財産について保存行為と短期賃貸借契約を締結することができ、これらの行為については処分に該当しないことになります。

保存行為とは、財産の現状を維持する行為とされ、具体的には、家屋の修繕や時効中断の手続、期限の到来した債務の弁済、腐敗しやすい物の処分などが、これに当たります。たとえば、被相続人が数か月分の家賃を支払っておらず、家主からその家賃の請求を求められているような場合や部屋や敷地のなかにゴミが放置されていて、その撤去を近隣等から求められているような場合は、相続財産のなかから少額の未払家賃を支払うことや相続財産のうち価値のない物品等を廃棄したりする行為は、保存行為に該当することになります。

民法602条に定める短期賃貸借契約とは、土地の賃貸借の場合だと5年以下、建物の賃貸借の場合だと3年以下、自動車などの動産の場合だと6ヶ月以下の期間の賃貸借契約のことを指します。しかし、もし相続放棄をすることを検討しているのであれば、たとえ短期間の賃貸借契約だからといって、不用意に新たに契約を締結することは控えたほうがよいでしょう。なぜなら借地借家法の適用を受ける土地や建物を賃貸借した場合、たとえ当初の契約期間が2年と定められていたとしても、賃貸人から契約期間の更新を拒絶することは困難であり、実質的には民法602条で定める期間を超過するような長期賃貸借を結ぶことになるからです。そしてこのような長期賃貸借契約を締結することは相続財産の処分行為に該当し、法定単純承認とみなされる恐れがあります。

 2.賃貸物件の解除はしないほうがよい

賃貸物件の解除は保存行為なのか処分行為に当たるのか

法定単純承認の立法趣旨は、相続人が単純承認をしない限りしてはならない行為があれば、黙示の単純承認があると推認できるし、第三者から見て単純承認があったと信ずるのが当然であるし、相続人がした処分を信頼した相続債権者、他の相続人、第三者を保護する必要があるためといわれています。また一方では、一般の処分行為すべてが相続財産の処分に該当するものではなく、単純承認とみなされるという法的効果を与えるのに妥当な程度の処分でなくてはならないともいわれています。

そして、裁判上でもその判断が分かれているため、単純に賃貸借契約の解除が、相続財産の保存行為なのか処分行為なのかを判断することは非常に難しい問題であるといえます。よって原則、相続放棄をしようと考えている者は、賃貸物件を解除することは避けるべきです。相続放棄をした相続人は、被相続人が亡くなった後に発生した賃料についても負担する必要はありませんので、無理をして手続をする必要がありません。そしてトラブル回避のため、相続放棄が認められた場合には、他の共同相続人や次順位の相続人に対しては、自らが相続放棄をしたことと被相続人の賃貸借契約の存在を伝えてあげるのが望ましいです。

しかしどうしても手続をしたい場合であっても、賃貸物件の解除が相続財産の保存行為となるかの判断は難しいですので、自分で判断するのでなく、専門家に相談のうえ手続をすべきです。

賃貸借契約の解除が保存行為として認められやすい事案

被相続人がマンションなどの賃貸物件に一人で暮らしていた場合で、被相続人の遺産がほとんどないときには、その居住用賃貸物件の解除は、相続財産の保存行為として認められる余地があります。

当該賃貸物件は、被相続人が一人で暮らして住んでいた訳ですから、亡くなった後は、他の相続人が利用することもなく、家賃だけが発生してしまうことになります。預金などのプラスの相続財産がほとんど存在しない状況ですと、このまま賃貸借契約が継続すれば、返済する見込みのない相続債務が増えるだけということになります。そして賃貸借契約を解除しても、未払家賃や原状回復費などの精算をすると、解約によって敷金などの金銭を受取るというよりも、むしろ足りない金銭を相続人の自己の財産から補填する必要があるといったこともよくあります。

このような事案では、賃貸物件の解除は相続財産の現状維持を図る行為として、処分行為ではなく、保存行為と認められやすいと考えられます。

借地権の解除は処分行為

賃貸借契約の目的物が店舗や事務所などの事業用物件や建物所有のための土地であるときは、賃貸借契約には賃借権として財産的、経済的価値が認められることがあります。

たとえば、建物所有目的の土地を賃借する権利、いわゆる借地権は不動産取引の対象となり、所有権の価格の5~7割程度の価格で流通していますので、借地権を解除するという行為は解除するというよりは、借地権を賃貸人である地主に買い取ってもらうことになります。つまり相続人は賃貸借契約を解除すると同時、借地権を換金したということになり、借地権も相続財産ですので、結果とすると相続財産を処分したこととなります。

処分行為としての敷金の受領

店舗や事務所などの事業用物件は、月額賃料も比較的高額になることが多く、賃借人は敷金や保証金として賃料の8~12ヶ月分程度の金銭を賃貸人に預託していることがあります。そしてこれらの事業用物件を解除すると、賃貸人から賃貸借契約に基づく精算が行われた後に、相当程度の敷金が返還されることになります。

賃貸借契約を解除した事案ではないのですが、裁判例では、被相続人が保有した収益不動産から発生する賃料の受取口座を相続人名義に変更して受領したことは、処分行為に該当するとしたものがあります(東京判平成10年4月24日)。

このように賃料債権を取立てて金銭を受領する行為は、一見すると相続財産を譲渡したり換金したりしたわけではありませんが、相続債権者などの第三者から見ると賃料を受領した相続人は相続を単純承認したのだろうと期待をするでしょうし、裁判所も第三者を保護するのが適当であると判断したものと考えられます。

同様に賃貸借契約を解除して敷金等を受領する行為も、金銭を受領するという点においては同じであり、当該行為をした相続人は相続を承認し相続財産を引き継ぐ意思があると第三者が判断するのも当然であり、その期待権の保護のために単純承認としてみなされることになります。

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